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今どき、女社長なんて、そう珍しい存在ではありませんが、そんな仕事をやっています。会社の名前は「健康と良い友だち社」。タブロイド版の新聞を出しているほか、書籍の企画・制作、出版もしています。原稿書き、企画、編集、営業、経理を3人で切り回している小さな会社です。
はじめは、新聞のやとわれ編集長でスタート。1995年のことでした。次の年に独立。98年に会社組織にしました。創刊した当初は糖尿病の患者さん向けの新聞でしたが、だんだんに守備範囲が広がり、今ではガンをはじめ、生活習慣病、目や鼻の病気、うつ病、認知症、介護予防と、総合病院風です。私自身、西洋医学以外の医療にも関心があって、中国医学や鍼灸、気功、呼吸法、ホメオパシー、アーユルヴェーダ、ペットセラピーなども記事にします。
取引先の担当者から「以前は何をやっていたの?」と聞かれることがあります。「日本舞踊をやっていました」と答えると、どの人も「へぇ……?!」という顔をします。実は、花柳流の日本舞踊の師匠で、80歳になった現在も現役の叔母のもと、日本舞踊家として生活していたのです。
初舞台は2歳10ヵ月「お月さま」。83(昭和58)年に名取りとなって花柳国音(はなやぎくにね)というお名前を頂き、85(昭和60)年には専門部(師範)の資格を取得。歌舞伎でもお馴染の「鷺娘」「京鹿子娘道成寺」「藤娘」など、娘ものを中心に舞台を踏んでいました。90年1月末から1ヵ月間、国際交流基金主催「中近東公演」に出演し、クウェート、アンカラ、イスタンブール、アル・アイン(アラブ首長国連邦)、ドーハ(カタール)、カイロ(エジプト)で踊ったことは良い思い出です。
この踊りのほうは一時期休んでいたのですが、2年前に復活。昨年、国立大劇場で久々に踊ったところ、スポーツ報知に「花柳国音7年ぶり舞台」と大きく掲載され、私のほうがビックリしてしまいました。
出版の仕事を続けられたのは、日本舞踊を通して学んだ精神のおかげだなぁと、最近、実感しています。心身の鍛錬は、想像力や集中力、判断力、機転などにつながります。
芸を見て盗むという修行は、人の話や行動の微細な部分に気づき、そして理解することにつながり、取材相手や営業担当者に会うときに、大いに役立っているような気がします。
市川玲子(花柳国音)

この5月に出版した「改訂版介護予防包括的高齢者運動トレーニング
