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回生たより一覧
本文を書く前に、まずお詫び申し上げたいことがあります。鏡影会様、この本文を提出するのが遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。部活から家に帰ると午後8時、遅いときには午後9時を回ってしまい時間がつくれませんでした…。時間が無いことを言い訳にしてはいけませんが、改めてごめんなさい。
と言っている今現在、お茶中を卒業して2年目に入りました。高校生という自覚はさすがに持てるようになりましたが、高校3年生が部活を引退して高校2年生が部活を率いる…、そういう責任感がまだ弱いような気がします。部活を率いる人、はっきりと言えば部長ですが、お茶中卒業生で部長の人は今どのくらいいるのかな?
今僕が通っている学校は中高一貫で、部活(和太鼓部)も一貫。中学1年生の新入生が部活に入ることは喜ばしいことではありますが、本当に「個性が豊か」…。頭を常に悩ましています。でも僕が中1のとき、こんな感じだったのかなと思ってしまいます。周りの人からはどんな目で見られていたのかな?今さら気になってもしょうがないことなのですが…。
話題を変えますが、卒業してまだ1ヶ月しか経っていないときに、早速3年生時のクラスの同窓会(?)をしました。正直早すぎましたが、その時は高校生活に慣れず中学が恋しかったのです。「夏休みにまたやろう!」と言っていたのですが、時間の調整上、まだ1回しかできていません。
また、夏休みに別の同窓会をしました。1年生時のクラスの同窓会です。写真はその時に撮ったものです。その時の欠席者は3、4人しかいませんでした。といっても帰国生クラスだったので元々の人数自体が少ないのですが…。それぞれの高校に行くからなのか、変わっていない人もいれば、髪を染めたりと大きく変わった人もいました。まだ余計な心配をする必要はないかもしれませんが、年をとって同窓会をしたら、誰が誰だがわからなくなったらどうしようと思ってしまいます。逆に「誰?」と言われたらどうしよう?とも思ってしまいます。皆様方はどのような対策をなされているのでしょうか?(笑)
井出 翔太

去る2005年12月3日(土)、東京のグランドヒル市ヶ谷に於いておよそ5年ぶりに第30回生の同窓会を開催しました。当日は、師走のお忙しい時期にもかかわらず恩師である佐藤絢子先生・秋山晶子先生の両先生方のご臨席を賜り、総勢35名が集まりました。40歳を数年過ぎました私たちは、まさに仕事に子育てに忙しい日々を送っておりますが、予想を上回るたくさんの参加者が集い、此処彼処で懐かしい歓声があがりました。
近況を語り合う中で一番のニュースは、なんといっても第30回生同士唯一のカップルが誕生したことでした。土屋睦広くんと川端奈緒美さんがめでたくご結婚されたのです!当日は、お二人揃って仲良くご参加され、子供たちに囲まれた幸せな日々の様子を聞かせてくれました。用意した小さなケーキに入刀されるお二人を囲み、一同で乾杯できたことは本当に大きな喜びでした。
そして、サプライズがもうひとつ。偶然なのですが、会場のグランドヒル市ヶ谷で私たちの会を担当してくれたスタッフの方が、第31回生の高橋さん。予約表に書かれた「お茶の水女子大学附属中学校、第30回生同窓会」という文字をご覧になって大変驚かれたそうです。高橋さんは私たちが土屋くん夫妻をお祝いすることを知り、乾杯用のシャンパンを差し入れてくださいました。後輩の素敵な心遣いが、私たちに懐かしいお茶中の暖かさをより一層思い出させてくれました。高橋さん、ありがとう! みなさん、同窓会をお開きの際には、是非ともグランドヒル市ヶ谷を利用してくださいね。
最後に、2年後に再び会うことを約束して後ろ髪を引かれる思いで散会。次の幹事の海老原くん、お願いしましたよ!
藤原(清水)泉


今どき、女社長なんて、そう珍しい存在ではありませんが、そんな仕事をやっています。会社の名前は「健康と良い友だち社」。タブロイド版の新聞を出しているほか、書籍の企画・制作、出版もしています。原稿書き、企画、編集、営業、経理を3人で切り回している小さな会社です。
はじめは、新聞のやとわれ編集長でスタート。1995年のことでした。次の年に独立。98年に会社組織にしました。創刊した当初は糖尿病の患者さん向けの新聞でしたが、だんだんに守備範囲が広がり、今ではガンをはじめ、生活習慣病、目や鼻の病気、うつ病、認知症、介護予防と、総合病院風です。私自身、西洋医学以外の医療にも関心があって、中国医学や鍼灸、気功、呼吸法、ホメオパシー、アーユルヴェーダ、ペットセラピーなども記事にします。
取引先の担当者から「以前は何をやっていたの?」と聞かれることがあります。「日本舞踊をやっていました」と答えると、どの人も「へぇ……?!」という顔をします。実は、花柳流の日本舞踊の師匠で、80歳になった現在も現役の叔母のもと、日本舞踊家として生活していたのです。
初舞台は2歳10ヵ月「お月さま」。83(昭和58)年に名取りとなって花柳国音(はなやぎくにね)というお名前を頂き、85(昭和60)年には専門部(師範)の資格を取得。歌舞伎でもお馴染の「鷺娘」「京鹿子娘道成寺」「藤娘」など、娘ものを中心に舞台を踏んでいました。90年1月末から1ヵ月間、国際交流基金主催「中近東公演」に出演し、クウェート、アンカラ、イスタンブール、アル・アイン(アラブ首長国連邦)、ドーハ(カタール)、カイロ(エジプト)で踊ったことは良い思い出です。
この踊りのほうは一時期休んでいたのですが、2年前に復活。昨年、国立大劇場で久々に踊ったところ、スポーツ報知に「花柳国音7年ぶり舞台」と大きく掲載され、私のほうがビックリしてしまいました。
出版の仕事を続けられたのは、日本舞踊を通して学んだ精神のおかげだなぁと、最近、実感しています。心身の鍛錬は、想像力や集中力、判断力、機転などにつながります。
芸を見て盗むという修行は、人の話や行動の微細な部分に気づき、そして理解することにつながり、取材相手や営業担当者に会うときに、大いに役立っているような気がします。
市川玲子(花柳国音)

この5月に出版した「改訂版介護予防包括的高齢者運動トレーニング

振り返ってみますと12回生の私たちが生まれた時期は戦時中から終戦直後の昭和20~21年という混乱期にあって、恐らく両親も多かれ少なかれ苦労して結婚・出産・子育てをしたのだろうと思います。そして、敗戦から日本が大きく変化し、丁度高度経済成長の走り、安保騒動にかかる昭和33年~36年にわが青春の1頁たるお茶中時代を過ごしたことになります。
それから卒業して早や45年の歳月が経ち、とうとう還暦に到達した訳です。そこで、此の度記念して去る4月22日(土)、東京會舘においてクラス会を無事開催できたことをご報告いたします。
5年振りの会合で、参加メンバー総勢42名が和気藹々とスピーチや談笑によってお互いに旧交を温め 楽しいひと時を過ごすことができました。また、続いての下山君セッティングによる2次会も盛り上がりました。今回幹事の清水君、岩井君、日比野〈旧姓小平〉さん、荒井〈旧姓向井〉さん4名に改めて心から感謝します。
ご参考までに、当日参加者の中で話題になった方の近況をピックアップしてご紹介しましょう。女性陣では、根岸(旧姓佐久間)さんは奈良で目が不自由な人のために楽譜の点字活動をしているそうです。関本(旧姓大原)さんはマーケットリサーチのプロとして特に消費者の実態や意識について深く聞き出すモデレーター・インタビュアーとして頑張っているそうです。佐々木昌子さんは独特の神秘的な音楽の世界に憧れながら合唱に打ち込んでいるとのことです。
また男性陣では、石橋君が京都市交響楽団でクラリネット奏者をしていましたが、昨年定年で退職となり、今後は京都在住のままアンサンブル等個人レベルの演奏活動を続けていくそうです。栗原脩君は銀行役員を退任し、現在金融関係を中心とする弁護士として活躍中だそうです。松永君は商社を退職し貴金属商品の販売業に(当日、急遽大勢で東京會舘そばのジュエリー屋さんの実地見学)転換しました。岩井君は本業のビル管理事業のほかボーカルトレーナー業にも本格的に乗り出したそうです。
論語によると60才は「耳順」と称して新境地を言うようですが、現実には残念ながらなお途遠しというところでしょうか。平均寿命80年の時代にあって、できれば同期の全員が揃って今しばらくは意気軒昂で生きてゆきたいものと切に念じております。
なお次回のクラス会についてですが、幹事役は今回サボってしまった杉本君と小生が罪滅ぼしの意味を含めてお受けすることとし、加えて関本(旧姓大原)さん、榊原(旧姓永井)さんの4名が当たりますので何卒よろしくお願い申し上げます。そのご案内はずっと先になりますが、今のところ開催時期は2年後の4月をメドに考えておりますのでお含みおき下さい。では皆さまどうか再会の日までお元気で(何かご意見等ございましたら次回幹事迄ご一報の程よろしく)。
板垣直竹

全員古希を過ぎました今年、嬉しいことが二つ重なりました。春の叙勲に太田真弘さんが“瑞宝中綬賞”を、秋の叙勲に、赤尾陽彦さんが“旭日小綬賞”を受賞なさいました。それぞれ生涯かけてのお仕事が認められましてのこと、心よりお祝い申し上げ、また、同級生一同大変誇らしく思っております。
11月25日、目白の日立クラブでクラス会が開催され、御身体を少々悪くなされていらっしゃる碧海美代子先生も、車椅子ながらとてもお元気に御出席下さり、お二人を祝して下さいました。
お顔色もよく、私共一同にも一人一人とsてもよく憶えていて下さり、いろいろお話し致しました。とても嬉しかったです。
二次会で、有志の者が赤尾さんお祝いの為の飲み会を・・・それに先立ち6月15日、太田さんの為にやはり有志の者が集まり、食事会等致しました。
老いて益々盛んな私達です。
小貫洋子、寺村葭子
